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2013/05/27 (Mon) 花盗人(18)

続きです。
もう1本後日談的なエピローグの用意がありますが、話としてはこれでラストです。
最後までのお付き合い、ありがとうございました。





アルトを死んだことにする。
そうと決めてしまえば、あとの細工は簡単だ。
頼るものもいない若い姫君が、意に添わぬ婚儀を苦に自害を図る・・・理由も十分、疑う余地もない。

「いっそ、屋敷ごと火をつけてしまいましょう。跡も残らない方が後腐れもない」
「死んだふり、って・・・だけど兄さん、そんなのすぐにバレるに決まってる」
「行き倒れの死体くらい、オズマがすぐに用意しますよ。背格好さえ似ていれば、焼ければ顔など分かりはしません。それからミシェル、脱出はお前に任せます。しばらくは追っ手がつくかもしれませんから、十分に気を付けて。命に代えてもアルトさんをお守りするように」
「兄さん・・・兄さんってば、俺にも分かるように話してくれよ!」

事を起こす前に当たり、ようやく矢三郎はアルトに全てのことの次第を明かした。
前々から、嵐蔵と美与が生きていた頃から暖めていたというその考えを。


*****


実は嵐蔵の生前から、奥方には不義密通の疑惑があったらしい。
相手は隣国の・・・つまりは奥方の里の、古くからの家臣であるという。
それも相手は一人や二人ではないようだと知った時、矢三郎は大いにに呆れ、憤った。
仮にも一国の主が正妻、早乙女の奥方が不義の女とは、人心にも道義にも許されないことだ。
仮にそれが嵐蔵への当て付けだったとしても、奥方の所業を知る身には、とても情状酌量の余地はない。
一刻も早くその過ちを問いたださなければと矢三郎は進言したのだったが、嵐蔵から返った言葉は、予想外のものだった。

「それで気が晴れるのならばそれでいい、好きにさせておけ」

潔いと言えばあまりに潔い、しかし奥方が望む返事であったかははなはだ疑問の残るそれが、嵐蔵の偽りのない返答だった。
矢三郎は言葉に詰まったが、結局は嵐蔵に従った。
奥方の身辺を探らせたオズマにも十分に口止めをして、しかしもちろん矢三郎がそれだけでなかったことにするはずがない。
矢三郎は、暖めていたのだ。

「不義密通は天下のご法度、表沙汰になれば死罪ものですよ。こちらには証拠も証人もおります、これは我々の切り札です」

捨て置けという嵐蔵の命に背き、矢三郎はその後も奥方の動向を探り続けていたという。
そして今こそ、その切り札を使う時だというのだ。

「隣国の国主、奥方様の実の父君は確かに娘に甘いと聞きます。しかしそれと同時に、非常に世間の目を気にする質でもあるそうです。可愛い娘の醜聞は、老いた国主殿には耐えがたいものに違いありません」
「それって・・・取引をするってことか、兄さん」
「ええ。ですが別段、無理を言うつもりはありませんよ。ただほんの一時、目を瞑って頂くだけのこと」

訳が分からないと首を傾げるアルトに向かい、矢三郎はにこりと微笑んだ。
単純な筋書きですよと、その目は楽しそうにますます細められて。

「亡くなったアルト姫には、双子の弟君がおられたという筋立てです。奥方様の追っ手を逃れるためにどこぞの山寺に預けられていたとでも言えば、皆も納得するでしょう。奥方の息のかかった三島殿と、美与様に生き写しの・・・確かに嵐蔵様のお血筋と分かる若君様とでは、どちらが次代の早乙女の主に相応しいかは明白です」
「でもそんなの、奥方様と三島が認めるわけが・・・」
「認めざるを得ない状況を作るのですよ。奥方が隣国の武力を頼り、隣国に動く気配が見えたら即時に例の醜聞を広めると、すでに先方には連絡済みです。このところ世間は太平、面白い噂話もありませんでしたから、この手の話はあっという間に広まるでしょう。お隣の主殿としては、なんとしても避けたい事態でしょうね。娘の身さえ無事なら早乙女の跡目争いには関わらぬと、すでに手紙も頂いております。奥方様にはおとなしく隠居していただくとして、隣国の手出しさえなければ、奥方を恐れる理由などありません。奥方の威を借る三島殿を追い落とす算段も、これで十分かと」

ぽかんと、アルトは口を開けるしかない。
信じられない。
今の今まで誰よりも、アルトに『姫』であることを強いていたのが矢三郎だったというのに、まさか今度は『双子の弟君』になれと?

「・・・無茶だ、兄さん。いきなりそんな偽物が現れて、いったい誰が信じてくれるっていうんだ。何より、あの三島がそんなことを許すはずがない」

三島レオン、あの蛇のような目の男。
城で顔をあわせた時の欲にまみれた眼差しを思いだし、アルトは思わず身震いをする。
あれは、きっと奥方を抜きにしても甘い相手ではないだろう。
アルトがそう意気込むのに、矢三郎はそれを鼻で笑った。

「何を恐れることがありますか。あんな、どこの馬の骨とも分からぬ男」
「え?馬の骨、って・・・だって、早乙女の遠縁なのだろう?」
「おや、まさかそんなでたらめを信じていたのですか?三島氏は確かにずっと先に枝分かれした、今は北国に住まう早乙女の親戚筋にあたりますが・・・オズマに探らせたところ、その三島一族は今はずいぶん困窮して、暮らし向きも苦しい様子だったそうです」

そこまで言って、矢三郎はふと眉をひそめた。
腹の読めないその顔に、珍しく忌々しげな表情を乗せて。

「奥方が三島の主殿に金を握らせたのでしょう。どこの誰とも知れぬ男を息子にするなど、背に腹は変えられぬといったところでしょうが・・・念書一枚のこととはいえ、調べるのは手間でした。忍の者がいなければ、もっと時間がかかったでしょうね」
「そ、それじゃあ、三島が遠縁だってのは嘘なのか?じゃああいつは誰なんだよ?」
「さて、それはまだ探索中です。オズマのことですからすぐに調べあげるでしょうが、私の見立てでは奥方様のお相手の手の者ではないかと。早乙女もなめられたものですね」

そう言う矢三郎は、いつも通りの涼しい顔だ。
だが、その腹の内は煮えくり返っているのだろう。
アルトを見据えるその瞳は、ゾッとするほどに熱を帯びていた。

「姫君の振りはお仕舞いです、アルトさん。ようやく男に戻れますよ。これからは、アルトさんが早乙女の主です」
「だ、だけどいきなりそんな・・・死んだふりとか、双子の弟だとか・・・」

そんな大嘘、とてもつけない。
すぐにバレるに決まってる。
アルトは間抜けた顔のまま、そう呟くのが精一杯だったのだが。

「いきなりではありません、もう何年も前から考えてきたことです。これを実行に移す時は、今をおいて他にありません。この早乙女の国を奥方のいいようにはさせまいと、嵐蔵様に忠義を尽くす仲間たちも多くおります。あなたこそが我々にとっての希望なのです、アルトさん・・・いいえ、若殿様」

そう言って、矢三郎はアルトの前に膝をつき、深く頭を下げてみせた。
いつもいつもアルトを子供扱いしてばかりだった、あの矢三郎が。

「心配はいりません、あるべき姿に戻るだけです。あの城は、本来若殿が住まうべき城なのですから。嵐蔵様の跡を継がれるのも、若殿しかおられないのです」

嵐蔵の跡目を継ぐ。
その言葉は、新鮮な驚きでもってアルトに響いた。
本来ならごく自然な、実の父子であれば当然のことであるそれは、今までのアルトには叶わぬ夢でしかなかった。
しかし、もし矢三郎の言う通りに事が進むのであれば。

「・・・本当にやる気なのか、兄さん」
「ええ、もちろん。私がアルトさんの期待を裏切ったことがありましたか」

柔和な顔に、不敵な微笑み。
いつもと変わらぬ矢三郎のその笑みに、アルトも腹をくくったのだった。


*****


「根回しのために、お前があちこち走り回っていたんだってな。俺に内緒で、兄さんと結託しやがって」
「責めるなよ、アルト。俺はただの使いっ走りだぜ、矢三郎さまは何も話しちゃくれなかったし」

隣国の城にまで忍び込んだ時のあの密書がこの計画の肝だったのだと明かされて、ミハエルは大いに驚いたものだ。
それならそうと言ってくれればよかったのにと思わないでもなかったが、それもまた矢三郎らしいやり方だ。
あの人の手の上で転がされたのは俺も同じだと言いながら、ミハエルは笑みを抑えきれないでいた。
アルトと共に育った屋敷が焼け落ちたのは確かに悲しくもあったが、それもアルトの未来のためだと思えば仕方ない。
むしろ、ミハエルの胸は弾んでいるのだ。
これからの日々をアルトと共に過ごすのだと思うだけで、ミハエルにはこれ以上ない幸福なのだ。

「でも、これから先のことはちゃんと聞いてるぜ。矢三郎さまたちの下準備が出来るまでは、しばらく身を潜めていろってさ。さあどこに行きたい、アルト?」
「どこに、って・・・場所の指定はないのか?兄さんがそんな大雑把な指示をするわけないだろう」
「それがないんだな。矢三郎さまが言うには、とにかく見聞を広めろってさ。なにしろ世間知らずだからな、アルト姫は」

緑繁る初夏の山中を、アルトとミハエルは肩を並べて歩いていた。
すでに屋敷のあった里からは遠く、早乙女の城も遥かな国境だ。
奥方や三島の手の者の気配もない、どころか他の人間の姿すらないその山中を、ミハエルはアルトに手を貸しながら進んでいる。
外出さえ稀だったわりに、アルトの脚は案外頑丈だ。
すぐに根を上げるかと思われた山道も、きょろきょろと辺りを見回しながら平気そうに歩いてみせる。
深窓の姫君を演じていたとはいえ、アルトの体はあくまで健康な若者だということだろう。
そうなのだと頭では分かっているつもりが、ミハエルはしかし今ひとつそれが実際の行動には伴わずに。

「アルト、疲れてはいないか?そろそろ休憩するか、足が痛むんじゃないか」
「平気だ。さっき休憩したばかりじゃないか、ミシェル」
「だけど、鼻緒が擦れて赤くなってる。だからおぶってやるって言ったのに」
「大丈夫だ、これくらい。俺はそこまで貧弱じゃないぞ」

どこか痛くはないか、疲れていないか、暑くはないか、辛くはないか。
くどくどとしつこいくらいのミハエルに、アルトは早くも呆れ顔だ。
長年女のふりをしていたから仕方がないのは分かっているが、年頃の男児たるもの、だからこそ一人前の男扱いされたくもある。
しかしミハエルのこの調子はそうそう治りそうもなく、アルトは深いため息をついた。

「お姫様扱いはもうやめろ。俺はもうアルト姫じゃないんだからな」
「分かってるさ。だけどアルトはアルトだろう」

とりつくしまもないミハエルの言い分に、アルトはもはや言葉もない。
矢三郎からも母国からも離れた今、つかの間とはいえようやく自由を手に入れたと思ったところが、どうやらミハエルは矢三郎に引けをとらない過保護者らしい。
名実ともに姫ではなくなったはずが、なんだかまるで以前と変わらない扱いだと思うのは・・・ただの気のせいではないはずだ。

(参ったな、ミシェルがこれほど過保護とは)

困ったものだと思う一方、それがなんだか愉快でもある。
アルトは我知らず目を細めたまま、軽々と脚を運び続けていた。
そして、一方のミハエルはといえば。

(・・・きれいな男ときれいな女なら、いったいどっちが目立たないんだろう。女物を着たままの方が、まだマシじゃないだろうか)

若い男の身なりとしては地味すぎるほどの格好、ごく平凡な旅装束のその身なりでさえも・・・あるいは、だからこそ・・・アルトの美貌を隠すものではない。
先程立ち寄った山の茶屋で、給仕の娘の目がアルトに釘付けだったことを思いだし、ミハエルは思わず渋い顔になる。
矢三郎たちの計画、その根回しとやらが終わるまでは、なるべく目立つわけにはいかないのだ。
あのレオンがおとなしく騙されたままでいてくれる保証もなし、気を付けるのにこしたことはない。
当のアルトは生まれて初めて自由に歩く外の世界に、そんなことなど頭の片隅にさえなさそうなのだが。
今ものんきな顔のまま、ひょいとミハエルを上目に見上げて。

「そうだな、どこへ行こうか。ちょっと遠いが長崎なんてどうだ、ミシェル」
「・・・ちょっとどころじゃなく、随分遠いな。構わないが、なんで長崎なんだ」
「異国と言えば長崎だろう?港にはたくさん異人がいると聞くし、きっと、そこなら」

微笑んで、アルトはさらに後を続けた。
それはまるでひどくいいことを思い付いたと言わんばかりの、子供のような得意顔で。

「お前が隠れる必要もないぞ。そんな風に頭を隠す必要もない。せっかくきれいな金の髪なのに」

そう言って、アルトはそっと手を伸ばした。
ミハエルの見事な金髪は、今は染め粉で黒く染められている。
碧の目ばかりはどうすることも出来ないが、せめて目立たぬようにと伏し目がちなミハエルを、アルトはずっと気にしていたのだ。
屋敷に籠っていた頃には知らなかった、ミハエルがそんな風にして他人の中に混じっていたことを。

「そうしたら、堂々としていよう。お前のきれいな髪も目も、俺はそのままが好きなんだ」

臆面もないアルトの言葉に、ミハエルは返す言葉もない。
アルトはいつだって昔から、こんな風にミハエルの心を締め付けるのだ。

「・・・ああ、そうだな。それなら決まりだ、先は長いぞ。弱音を吐くなよ、若君様」
「平気だろ。だってお前が助けてくれるんだよな?」
「おいおい、もうあてにする気か。お姫様扱いは終わりにするんだろう」

笑いながら、二人は肩を並べて歩く。
隣を歩いて、歩みをあわせて。
いつも一緒にいられるのなら、恐れるものなどなにもない。
見つめ合う二人の行く手にはもはや何の壁もないのだと、若者たちは迷いなく大きな一歩を踏み出すのだった。


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