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2013/02/27 (Wed) 花盗人(13)

13話です。
あまり進んでいませんが・・・。




指先に紅を取り、アルトはそれを唇に乗せた。
紅を塗ったその唇が、鏡の中で小さく歪む。
姿見の前で正座するアルトのその細い背に、襖の向こうからかかる声があった。

「アルトさん、支度は・・・」

言いかけて、矢三郎は口を噤んだ。
矢三郎にしては珍しいそれにアルトがふと振り向けば、襖に手をかけたままの兄代わりは、もの言いたげな顔でそこに立ち尽くしている。

「なんだよ、兄さん。支度は出来たぞ、この格好でよかったか?」
「え、ええ・・・化粧とは珍しいですね。それに、その着物はまるで喪服のような」
「化粧もせずにお目見えするわけにはいかないだろう。着物はまだ喪中だから・・・でもやっぱり地味すぎるかな。着替えようか」

アルトの頭から足元までを眺め、矢三郎はゆっくりと首を振った。
美与を亡くしたばかりのアルトがまとうのは、黒と見紛うばかりに深い藍と銀鼠を混ぜた渋い地色の裾と袖とに、悲しみの涙のような淡い花が散った地味な着物だ。
まだ若いアルトが着るには地味すぎるそれではあったが、しかしその暗い色合いがアルトの白い肌を引き立てるようでもある。
おとなしやかに結い上げた髪には美与の遺品の簪をさして、襟から覗くうなじが一際白い。
若く伸びやかな肢体は地味な着物で覆い隠せるものではなく、むしろ咲き初めの花のような色気が匂い立つようだ。
薄く形のよい唇にさした紅だけが不自然に艶めかしく、アルトが憂いていれば憂うほど、その艶が潔癖な美貌を引き立てる。
アルトの華のような顔が陰っているのは、もちろん慕わしい人間を亡くしたからに他ならない。
だがその風情、長い睫毛を伏せてうつむく悲しげな横顔は、まるで触れなば落ちんとする一輪の花だ。
それは見る者に、何故か危うい気持ちを抱かせる。
風に揺れるたおやかな花に手を伸ばし、守ってやりたくもある一方で、いっそ手折ってやりたくもなる。
今のアルトは、男にそんな感情を抱かせる魔性があった。
兄代わりの矢三郎さえ、その胸にちりと走るものがなかったとは言い切れない。
美与を亡くして以来のアルトには、以前の天真爛漫な愛らしさだけではない艶が備わったようだった。

「・・・いいえ。着替えたところで、それが隠せるとも思えませんし」

おかしな格好かと不安げなアルトに首を振り、矢三郎はそう言った。
アルトの魅力は、内側からにじみ出るものだ。
今更紅を落とし、娘らしい衣装を着たところで、それが払えるものでもない。
どんな格好をしたところでその美与譲りの美貌は、今や城の主となったあの奥方を苛立たせるに違いないだろう。
美しいものへの嫉妬。
嵐蔵に愛されたものへの嫉妬。
奥方の美与への嫉妬は、きっとアルトへ引き継がれるはずだ。

「おかしくなどありませんよ。アルトさんは嵐蔵様と美与様の唯一のお子様です。堂々とお城に向かいましょう」
「・・・こんな形で登城するなんて、思ってもみなかった。父上がおられた頃には、いくら言っても城には連れて行ってくれなかったのに」
「ええ。今回は、奥方様直々のお召しですから」

嵐蔵の一粒種に会いたいなどと言えば、理由だけはきれいに聞こえるが、要はアルトの顔が見たいのだろう。
まだ二十歳にもならない娘、もはや庇う父も母もいない姫君の身の振り方をどうするか、今となっては全てが奥方の裁量一つだ。

(しかし、アルトさんの美しさが仇にならなければいいが)

奥方の嫉妬深さを、矢三郎はよく知っている。
それはアルトが生まれる前、美与が嵐蔵の前に現れた時から始まったのだ。
きっとその根深さは、余人には計りがたいほどのものがあるはずだ。

「アルトさん、あまり喋らないように。奥方様の言うことには、ただおとなしく頷いて下さい。決して向こうの気を損ねないように」
「ふん、まるで罪人だな。俺が何をしたっていうんだ」

つまらなそうな顔のアルトだが、もちろん矢三郎の言い分くらいは分かっていた。
分かっているのだ。
きっとかの奥方には、己の存在自体が許し難いものなのだろう。
その程度のこと、アルトにもとっくに分かり切っていた。

「・・・今更おとなしくしたところで、奥方の機嫌が治るとは思えないけどな」

アルトももう子供ではない。
何も知らないままの子供、屋敷の外を知らない子供では許されないのだ。
出来ることならば、いつまでもミハエルとこの狭い庭で遊んでいたかったけれど。

「時間です。参りましょう、姫様」

うながされ、アルトは静かに顔を上げた。
今この時から、アルトは『姫』だ。
父と母とを一度に亡くし、哀れなばかりの姫君を演じなくてはならない。
唇を引き結んだまま、アルトは重い腰を上げる。

「・・・ええ。行きましょう、矢三郎」

(一体、いつまでこの猿芝居を続けるんだ)

思う言葉は、口には出せなかった。

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