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2010/05/21 (Fri) Bless you!

今回は、以前頂いていたキリリク短編です。
お題は

・風邪姫
・看病ミハ
・特別出演カナリアさん

だったので、一応クリアできたかなとは思うのですが・・・。
結局自分の萌えに走った話になってしまいましたが、いかがでしょうか?
縛りのある中で妄想する、というのもまたオツなものですね。

それでは「なんでも来い!」という方は続きからどうぞです。




コンコンと、軽い咳が出る。
ただそれだけで、前を歩いていたミハエルが振り向いた。振り向いたままの姿勢でこちらの顔をじっと睨んで、目の奥までのぞき込んでくる。異星の血を引く目には、何もかもがよく見えるのだろう。

「・・・顔が赤い。熱、あるだろう」

そう言うなり、ミハエルは手を引っ張るようにして歩き出した。この方向は、きっと医務室。
医務室なんて大袈裟だと言うのは見事に無視をされて、だけど捕まれた手首が痛いと言えばすぐに力が緩められた。

「いつもより体温が高い。絶対熱出してるぞ、今日は1日寝てろよな」

・・・真面目な顔をしてそんなことを言うくせに、どうしてなんだかちょっと楽しそうなんだよ。
そう突っ込んでやりたかったが、無駄口をきくことさえ今の体では面倒で、アルトはただ曖昧に頷くことしかできなかった。


**********


クォーター内にある医務室は、緊急時に備え、考えうる限りの設備が整えられたものだ。それにはもちろん最新の医療器械にまで業種を広げているLAIの協力もあったが、ここを訪れる患者にとっては、悠然と構える医師の姿ほど安心するものはない。そしてこの医務室の主であるカナリアは、十二分にその信頼に応えてくれる医師だった。

「・・・・・38.0度。他に目立った症状はなし。まあ、いわゆる風邪だろうな。季節の変わり目でもあるし、溜まった疲れが一気に出てきたのかもしれん。ただでさえお前は常時オーバーワーク気味だ」

あくまでクールなカナリアの言葉に、ミハエルは大きく頷いた。医務室の小さな椅子に座らせられたアルトの右後方に陣取って、もっともらしい顔で語る。

「おおかた、昨日もシャワーあがりに髪を乾かさずに寝たせいだな。まったく、毎日飽きもせずにあっちこっちで居眠りして。俺が回収しなきゃ、居眠りお姫様は毎日風邪ひかなきゃならないだろうよ」
「ミシェル、そう煽るもんじゃない。これでも一応は病人だ」

一応はな、と繰り返して念を押すカナリアもまた、アルトの沈没ぶりを知っているのだろう。新米隊員の眠り姫ぶりは、すでに女性隊員の間にまで知れ渡っていた。

「ともかく今日は1日寝ていろ。オズマには私から言っておく。明日どうするかは、まあ、今日の熱の上がり方次第だな。一応薬を出しておくから、あまり熱が出るようなら飲め」
「・・・薬なんて。そんなに大したほどのものじゃあ・・・、」
「いいな、ミシェル。くれぐれもしっかり監督するように」
「イエス、マァム」

薬なんかとしぶるアルトはきれいに無視して、カナリアは人差し指をミハエルに突きつけた。
ミハエルはきりりと右手を上げて敬礼を返したが、その顔には堪えきれない笑みが浮かび、非常に楽しそうだ。

「同部隊の仲間のためとあらば、このミハエル・ブラン、誠心誠意をもって看病いたしましょう」

芝居がかった言葉も、この状況を楽しんでいるとしか思えない。
アルトが来て以来、ずいぶんと年相応にはしゃぐようになったスナイパーに、カナリアはわずかに苦笑を漏らした。

「アルトで遊ぶなよ、ミシェル。とにかく安静にな。水分を取って、食欲がないようなら食堂の・・・」
「はい、お粥でもなんでも作ってもらいます。それくらい大丈夫ですよ、カナリアさん。今日の俺は眠り姫の騎士ですから」

・・・どうしてこいつの言うことは、いつもいつも呆れるくらいに気障ったらしいのだろう。
アルトは熱っぽい頭の片隅でそんなことを思いながら、なんだかやけに浮かれている素振りのミハエルを見上げた。その険のある視線に気付かないわけはないというのに、ミハエルはにやけた笑いを止めないままに手を差し伸べる。

「それじゃあ行こうか、お姫様。お手をどうぞ」
「・・・気色悪い。一人で歩ける」

立ち上がったアルトは、ミハエルの手を邪険に振り払った。不機嫌そうな顔のままカナリアに一礼し、危なげない足取りで医務室を出る。口元に笑みを残したままアルトの薄い背を追うミハエルに、カナリアが静かに声をかけた。

「ミシェル、世話を焼くのはかまわんが、・・・あまり、甘やかすな」

カナリアの一言に、ミハエルはわずかに目を見開いて振り返る。そして口元の笑みをいっそう深めると、悪びれない顔で言い返した。

「残念。それは自信がありません」

言い残したミハエルは、足早に医務室を後にする。その後ろ姿には見えるはずもない尻尾(しかも、ブンブンと勢いよく振られているそれ)が見えるようで、カナリアは思わず額に手を当てた。そのままゆるりと首を振って、右手を卓上の電話に伸ばす。受話器を持ち上げながら、すでに登録してある部隊長を呼び出した。

「オズマか。ああ、私だ。今日は1日使いものにならんぞ。・・・アルトじゃない、ミシェルが、だ」

こうしてSMSの頼れる医師はただ、『どうかこんな時に出撃がかかりませんように』と祈るのだった。


**********


アイスノンにタオル、それからペットボトルのスポーツ飲料にミネラルウォーター。ご丁寧に食堂から借りてきたお湯入りの保温ポットに、果物入りのヨーグルトやパック入りのゼリー、そしてインスタントのスープや栄養補助食品各種、ついでに手軽に食べられそうな個別パッケージの簡易食・・・等等。
自分たちの部屋にずらりと並べられたそれらに目をやり、アルトは呆れ気味の声を上げた。

「おいミハエル、お前いつの間にこんなー・・・」
「いいからいいから、さっさと寝ろって。ほら、体冷やすなよ!」
「毛布?いくらなんでも、暑くないか・・・?」

ぶつぶつと言うアルトを、ミハエルは半ば力ずくでベッドに押し込めた。文句をこぼしていたアルトもいざ横になれば、やはり体が休息を欲していたのだろう。大人しく枕に頭を預けて、ほっとしたように目を閉じた。
ミハエルは静かに微笑んだまま、アルトの顔を覗き込む。

「腹は減ってないか?水分だけでもどうだ?」
「別に、いらない。今は眠い」
「そうか。なら起きたら食事持ってきてやるから、ちょっとだけでも食べろよ。熱が上がるようなら、カナリアさんの薬も飲めよな」
「うー・・・うん・・・」

うん、と答えるアルトの声はすでに虚ろだ。
目をつぶったアルトの顔を眺めたまま、ミハエルは口元の笑みを深くした。エメラルドグリーンの瞳は、常よりもなお優しげに柔らいでいる。

(・・・病気をすると、誰でも気弱になるって言うけど)

意地っ張りなアルトは、いつだってミハエルに弱みを見せようとはしない。だがそんなアルトのガードが、ほんのわずかに緩まる時がある。
それが今、まさにこの時だ。
ミハエルが思うままに世話を焼いて、甘やかして。そんないろんなことさえも、看病という大義名分の元では許される。それはなんと素晴らしいことだろう。

(・・・こんな機会、めったにないし。ちょっと嬉しいなんて言ったら、本人はすげえ怒るんだろうけど)

人はこれを、庇護欲とでもいうのだろうか。何と呼んだらいいのか、自分でもよく分からない感情を、ミハエルは持て余してしまう。弱っているアルトを見ると、なんだかたまらない気持ちになってきてしまうのだ。

「あれ、姫、もう寝ちゃったのか」

ほんの一瞬の間に、アルトの唇からは深い寝息が漏れ始めていた。ミハエルはアルトを起こさないよう、額に張り付いた前髪をそっと取り除く。眠るアルトは、普段よりも少々幼く見える。普段は長い前髪に覆われている額も露わにした姿は、あまりにも無防備だ。その警戒心のなさに、ミハエルは思わず笑ってしまう。

「・・・おやすみ、お姫様」

せめてどうか、いい夢を。

ミハエルは小さく呟いて、ただじっとアルトの寝顔を見つめて微笑むのだった。

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